加藤嘉明の武将としての器量

加藤嘉明の武将としての器量

豊臣秀吉に仕え、名将であった加藤嘉明は当時高価な茶器茶碗のコレクションに情熱を注いでおりました。その中でも最も気に入っていたのが、その南京小皿で、10枚1組の虫喰南京と呼ばれる小皿でした。

・家来が嘉明自慢の皿を割ってしまった

ある日、幕府のお偉方を加藤家屋敷で接待することになり、その準備の際に、家来の一人が「虫喰南蛮」の小皿一枚を割ってしまいました。小皿を割ってしまった家臣は、申し訳なさと、嘉明に叱責されるのを恐れて、ついに割ってしまったことを報告できずに、それ以来家に閉じこもってしまいました。

・それを知った後の加藤嘉明の驚くべき行動

嘉明は、皿を一枚割ってしまったという報告を別の家臣から受けました。そして、嘉明は割ってしまった人、本人が謝りに来なかったことと、ショックから引きこもっていることを知ります。

「其の者を今すぐ呼んで参れ!」

そう嘉明は報告をした家臣に告げたのです。家臣が慌てて皿を割ってしまった張本人を連れて来て、皿を割ってしまった家臣は震える声で、謝罪をするとそれを見た嘉明は、小姓に「残りの9枚の皿を全て持って参れ」と命じました。

すると、嘉明の大切にしていたお気に入りの南京小皿の残りの9枚を突然割り始めました。家臣が唖然としていると、嘉明は

「この南京小皿が10枚1組であることは、家中の者ならばほとんどの者が知っている。それゆえ、残りの皿をそのままにしておくと、この皿を出すたびにお前は仲間から白い目で見られる。だったら全て無くしてしまえばいいのだ」

「決して怒って残りの皿を割ったのではない。器物を愛するあまり、家来に粗忽者の汚名を着せ、残りの皿が持ち出されるたびに、誰々が一枚を割ったのだとなじられるのは私の欲するところではない。物を愛しすぎた私こそが悪いのだ」(「明良洪範」)。

と言いました。そして「ここに南京小皿は無くなった。次第に皆もそなたの粗相のことなど忘れてゆくであろう。割ったことを申し訳なく思うなら、今後もこれまでどおり忠勤、ますます励め。」

告げたそうです。家臣は、感激し、何度も頭を下げて、お礼を言ったといいます。