アサヒスーパードライに学ぶ流行の作り方

アサヒスーパードライに学ぶ流行の作り方

スーパードライは1987年に誕生し、今や誰でも知ってるほど人気のある超ロングセラーとなっているアサヒビールの主力製品です。

しかし、発売した当時、競争メーカーは「あんな軽いビールは、売れないだろう」と酷評したそうです。そんな中、スーパードライは発売と同時に大ヒット商品となり、発売エリアも全国へと一気に拡大しました。

この商品がきっかけになり、世の中では「ドライ戦争」引き起こすほどのブームになり、1989年には1億ケースを突破。そして1998年には麒麟麦酒を抜いてアサヒビールは国内ビール市場でNo.1企業に復活を遂げました。

アサヒビールがこの商品を売り出す前、ビールと言えばキリンというのが一般的でした。今から30年ほど前のビール業界は麒麟麦酒の一社独占でなんと90%近いシェアを取っておりました。

それからしばらくして、麒麟麦酒:60%、サッポロビール:20%、アサヒビール:10%、サントリー:10%といった具合でした。それでも首位の麒麟麦酒には遠く及びません。

それではなぜ、アサヒビールはスーパードライを流行らせることが出来たのでしょうか。

スーパードライ

そのヒントは商品を発表する前にあります。実は発売の1週間前に、アサヒビールの全社員を全国各地のありとあらゆる居酒屋に派遣ました。

そこで「スーパードライ下さい!」と大きな声で注文したそうです。当然販売もされていないビールなので、居酒屋の店員さんは「そんな物はありません、それはなんでしょうか?」と答えます。

するとアサヒビールの社員は「え~!アサヒのスーパードライないのかぁ~」と行って他の店舗に行ってしまいます。

当然、周りの客達も聞いているのでスーパードライってなんだ??と気になります。店員さんもそんなに美味しいのかと気になり、酒屋さんへ電話をいれ、予約注文をします。

これを繰り返して口コミによる話題作りをしていったそうです。

そして一週間後にアサヒビールが全国で同時発売。あの爽快なCMは有名ですね!

そうして口コミで広まった噂が「ああ!これだ!」となり、全国で大ヒットをしていきました。

彼らは自らの手と足を使ってマーケティングを行い、辛口ビールといえばアサヒスーパードライという文化を創っていきました。